Beautiful Rain

私の人生で経験した事の覚書

アイドル×結婚〜自担が結婚した話〜

3/13晴れて私の自担が結婚を発表しました。

 

仕事中にApple Watchにメールの通知がきてそこで内容見た瞬間に小躍りしました。

しかもFCにログインする前に。

(これ以外のお知らせだったらどうすんだよってな)

 

私がまず自担に伝えたいのは

本当におめでとうね!!!!!

って事です。

 

人生の中でお互いを1番大切に思い合える存在と出会えるなんて個人的にはめちゃくちゃすごい事だし、素敵な事だと思っていて。そんな存在を見つけられた自担は世界一幸せになってもらわなきゃ困っちゃうな〜〜ッ😆!!!なんて笑ってます

 

アイドル×結婚

 

って色々な考えがあると思っていて。冒頭やこれから書く文章はあくまでも私個人の考え方です。

これが絶対正解なわけも、絶対間違えなわけでもない。

誰かを否定するつもりは全くないし、これをどこかの誰かがこれを見て私自身の考えを否定されたくもないです。

こんな人もいるんだなぁぐらいに思ってくださると嬉しいです。

 

まず私にとってのアイドル×結婚は2回目で

実は過去に自担が結婚してて

(別理由でもう担降りしてるけど)

自担がいるグループのメンバーが結婚するのも2回経験してて。

その時も全くダメージを受けず、周りからびっくりされて引かれるぐらいに明るくお祝いして。

それはなぜかというと

 

あくまで

 

職業:アイドル

 

という形でしかアイドルの事を見てないからです。

どういう意味かというと、私の自担が人生で選んだ職業がアイドルだっただけで日常自分の周りにいる人間と何ら変わらないって思ってて、

自担がアイドルという仕事をしている人生の中のほんのわずかな時間を共有…というか見させてもらっているって感じで見てます。

何かに例えるとしたら、

会社で一緒に仕事してる直属の上司と同じ感覚。仕事という部分で人生の中のほんの少しの時間や出来事を共有はするけど、プライベートに関しては正直どうでもいい、

って感じです。(伝わったのか?)

 

人間って1人の中に色んな顔を持ってるから

私だって、仕事してる時、友達といる時、家族といる時、1人でいる時、ヲタクをしてる時…なんていろんな私を持ってて使い分けてます。

 

その中で職業アイドルとして仕事してる自担と

ヲタクをしてる私が出会ってるだけ。

 

だからその人がアイドルじゃない1人の人間の部分は割とどうでもよくて。

どうでもいいというか、こういう出会い方をしている以上こちらが求めすぎなければ、基本的には職業アイドル以外の顔は知り得ない部分だと思ってて、

自担が誰と友達になろうが、誰と恋愛しようが、誰と結婚しようが、法にだけ触れなければ何してもいい。と思ってます。

というかまあ法に触れる様な事をしても、それは自担が自分で下した人生の選択であって、別に私の人生には関係ないからなぁとか思ってたりしてます。

きっと何やってんだよ…!!って怒りはすると思うけど。(実際何回か怒った事はある)

 

ここまでだけ聞いたらめちゃくちゃ軽薄な奴に見えるかもしれませんが、

私にとって自担は人生の先生のようで、私の生きる支えの一部で、私の人生に無くてはならない、心の底から出会えて良かったと思える存在です。

実際、何かを決断する時も、何かを始める時も、悩んだ時も、精神やられて何もできなかった時も自担にはたくさん支えてもらいました(勝手に)

 

アイドルとして輝いてる姿が本当に大好きです。

 

それでも私のアイドルへの根本的考えが変わる事はなかったです。

 

ここまでつらつらと書きましたが、

私の場合はこんな考えだから、心の底から自担の結婚に対して祝福できてるんです。

 

こういう時って、

つらいとか、泣いちゃうとか、おめでとうって言えないとか、おめでとうなんて言うなとか、結婚そのものを叩くとか、

まあ色々なヲタクがいると思うんですけど、

 

そんなん自分がどういうスタンスでヲタクをしてるかによると思うんです。

だから自分の考えを否定しなくてもいいしその気持ちは絶対大事にしなきゃいけないと思うけど、他の人を叩いたり、攻撃したり、自分の価値観を押し付けるのはやめてほしいなと

何かあるごとに色々言われてきた推しを担ぐ側として思います。

 

アイドルの自担の結婚うぇるかむ!!!っていう多分少数派(??)の私は、少なくともこんな風に考えてるから全力でおめでとうって言ってます

 

だって私も自担の事世界で1番大好きだし!幸せになってほしいし!私の人生の中で大切な存在だもん!!!!!!!!絶対幸せになってほしい!!!!

 

 

最後に

 

私にとって最高で大好きな自担へ

結婚本当におめでとう!!!これからの人生が幸せで溢れています様に…✨

 

 

 

 

さ、帰りにケーキ買って帰ろ😸💖

個人利用できる「書類溶解サービス」を利用した話

今回はタイトル通り「書類溶解サービス」を使った話です。

 

事の始まりは仕事を辞めた事なのですが、

(またいつか別で転職の話も書きたいな)

病気で最後は出勤出来ず必要書類のみ郵送でやり取りをしてしまったので、手元に「社外秘」と書かれたあれこれが残ってしまったんです。

社内の研修資料とか、社則とか、業務マニュアルとか…

あれこれやばくない…???と焦って人事に確認の電話を入れたところ

「そちらで普通に処分して大丈夫です」とのこと。

 

え???普通に???処分???社外秘を???ナニイッテンダ??

あまりにも当たり前の様に言ってくるので、電話口で一瞬理解に苦しんだ結果無言の謎の間ができた。(マジ)

 

そんな言うならまとめて資源ごみに出してやろうか!!!とも思いましたが、業務委託先の資料とかもあったし、どうするものかと悩んでいたところ見つけたのが

 

「個人利用可能な書類溶解サービス」

 

会社に所属してた時は書類溶解って良く耳にしてたサービスですが、法人向けしかないのかなと思ってたところなんと個人向けもある…!!!

 

多少費用がかかっても後からトラブルになる方が面倒くさい!と思った私は利用を決めました

流れとしては

1.業者選び
2.webで注文
3.キットが届く
4.書類を詰める
5.集荷依頼(日本郵便)→発送
6.工場にて溶解
7.溶解証明書が届く(書類郵送かPDFをメール送付か注文時に選択可能)

 

1.業者選び

正直個人向けだとあまり選択肢はないです。なので今回は

(日本郵政)

書類溶解サービス(個人のお客さま) - 日本郵便

(ワラケン)

1箱からの個人・法人向け書類処分サービス|セキュリティーパック21 | 株式会社ワラケン

の2社で比較しました。

日本郵政さんは取り扱いがある郵便局窓口で直接申し込まないといけない…荷物出す時も窓口に行かなくてはいけない且つ本人確認書類提示が必要…平日仕事してる身としてはちょっとハードルが高かった…安心感はすごいあるんですけどね…

一方ワラケンさんは用途に合わせて3種類もサービスを用意してくれており、ネットで申込み出来るということで、ワラケンさんにお願いする事に。

 

2.webで注文

ネット申込みのため思い立ったらすぐ申し込める!忙しい人にも優しい…!決済もクレジットカード使えるの地味に嬉しいです。

今回選んだのは「セキュリティーパック21ライト」

手持ちのダンボールの中でサイズが合うものがあったのでこちらを選択

 

3.キットが届く

郵送用の伝票や箱に貼るシールなど全部まとめてゆうパケットで送ってくださいました

 

4.書類を詰める

とりあえず行き場を失っていた社外秘達をこれでもかと詰め込みました。

ついでに名前とか顔写真が載ってる冊子とか、手紙とか古い年賀状とかあれこれ詰めちゃいました。(重量には注意!) 

 

5.集荷依頼(日本郵便)→発送

ゆうパックなので日本郵政さんに集荷依頼をネットでして休みの日に取りに来てもらいました。

ネットでいつでも集荷依頼出来るの本当にありがたすぎます…

受け取りに来てくれたお兄さんに「あ、セキュリティーサービスですね」と軽く確認されたぐらいであとは普通の集荷でした!


6.工場にて溶解

集荷から数日後無事荷物が届きましたという旨のメールをくださって一安心。そういう細かいご連絡いただけるの本当に嬉しいです…!!

 

7.溶解証明書が届く

書類郵送かPDFをメール送付か注文時に選択可能でした。

私は注文時にメールを選択していたので数週間後にPDFが届いて無事終了!!!

 

こんな流れでした。

シュレッターがないご家庭とか、年賀状、名刺、お手紙などなど溜まってくるとちょっと処分に困るようなもの達をまとめて安全に廃棄出来るので個人向けの書類溶解サービスありだな!と感じます!!!!

 

 

別れのつらさと恐怖の話

別れって何回経験しても慣れないもので、心的負担がものすごくかかりますよね。

 

というのも年末に祖母が亡くなりました。

 

危ないと分かってからの慌ただしい空間感。家族が1人いなくなる虚無感。実家の中に漂う重たい雰囲気。色々終わるまでの4日間気が張り詰めて、いつも以上に少し動いただけで疲労する。そんな日々でした。

世間はクリスマス!お正月!なんてキラキラしてるのに、私だけ白黒の世界に1人取り残されてるみたいで。それもしんどかった。

 

元々親戚一同年齢が高いのもあり、

6歳の時に母方の祖父

7歳の時に父方の祖父

12歳の時に母方の曾祖母

と幼い頃から家族との別れはおそらく他の人よりは多く経験してきました。

これ以外にも友人の親など、私の中ではお葬式に行く事は普通の事でした。

 

さてそんな私が大人になった今、祖母を亡くして何を思うのか。

 

まあその前に祖母との思い出でも少し

私が幼い頃は地方に住んでおり、毎年年末年始にかけて祖母の家に新幹線で行くのが我が家の定番でした。

それを知っていた祖母は帰り際

「これで新幹線の中でアイスクリーム買ってもらいなさい」

と毎回500円玉を私に渡してくれていました。

そんな500円を握りしめて、東海道新幹線のスゴクカタイアイスを買ってもらったり、年齢が上がるとアイスは買わずに貯金したりと、今でもあのアイスは祖母の味です。

 

さて、話は戻ります。

昔から「死」に対して漠然とした怖さがあって。

亡くなって魂が抜けた身体がどうしても物にしか見えなくて。それが私はずっと怖くて。大切な家族だし、沢山愛情をくれた人には変わらないんですけど、そこには何も無いというか。身体は残っていても何にも無いんですよね。身体は魂が棲家にしてた借り物で、空の家だけがそこに物としてあるから怖いんだなと気付いたのが曽祖母が亡くなった12歳の頃。

 

まあ結論から言うと、大人になってもその感覚は変わらなかったです。

 

危ないかもしれないと言われた日の夜、部屋でひっそり1人で泣きました。結構な号泣で。大切な祖母の魂がこの世から無くなってしまう事がどうしても怖くて。その後何とか眠りにつくも、私まで死にそうになったり、連れていかれそうになる夢見て何度も飛び起きたりして。

そんな次の日に祖母は亡くなりました。

 

冒頭にも少し書いた様に、年末といわれる時期に突入していたこともあり、火葬が空いてるタイミングに合わせて色々な日程を決めました。

そのため数日時間があったのですが、その間家族や親族は何度か葬儀屋さんに祖母の様子を見に通っていましたが、私は1回も行かず。納棺は立ち合いましたが、なんだろう。どうしても顔を、手を、身体を、見てあげられないし触ってあげられない。こんな祖母不幸な孫いるかね?って自分でも思います。

 

家族葬で火葬まで1日で終わらせました。

火葬にも漠然とした怖さがあって。

 

1つ目は今は無いのかもしれませんが、祖父の時に喪主である祖母が火葬炉のスイッチを押していて。

その時の祖母の姿というか空気感が幼い私には衝撃的で、脳裏にトラウマ的な感じでこびりついてるのかもしれません。

2つ目は拾骨です。

日本では昔からの習慣で拾骨すると思うんですが、祖父の時はどちらも幼いからと私は拾骨はせずにいたんです。

曾祖母の時に初めて骨上げを経験したのですが、おそらくこの時の記憶が濃く残っていたみたいで。

火葬炉はロストル式と台車式の大きく分けて2種類ありますが、最近一般的なのは日本の拾骨文化に合わせた台車式。火葬時間は長いですが棺ごと火葬するため骨が身体の形通り綺麗に残りやすいのが特徴です。

地方に住む祖父、曽祖母の時はこちらでした。

(大学生の時に調べた)

拾骨の時に私より歳下のまだ幼いはとこかいたため平然を装っていましたがこちらも衝撃的なものでした。

 

今回お願いした斎場は都心ということもあり稼働効率のよいロストル式の火葬炉でした。

ロストル式は火葬時間が短い代わりに骨は綺麗に残りにくいです。

今回もやはり綺麗には残っておらず、ただ私にはこちらの方が精神的には楽でした。

 

 

ここまで怒涛の年末を振り返ってきましたが、こうやって文字に起こす事で自分の気持ちの整理もついたような気がします。

 

出会いがあれば別れもある。相手に伝えたい事はその場ですぐに伝えようという事を再確認した2023年の年末の話でした。

(何のオチもなくてごめんなさい)

 

 

子宮内膜症で手術した話④〜退院後とその後について〜

前回まではこちら

子宮内膜症で手術した話①〜発覚から手術決定まで〜 - Beautiful Rain

子宮内膜症で手術した話②〜入院荷物と現実〜 - Beautiful Rain

子宮内膜症で手術した話③〜入院生活〜 - Beautiful Rain

 

無事入院と手術を終えました。術後はあっちこっち痛かったし、実は入院中ずっと微熱で看護師さん達には本当にお世話になりまくりました…

 

さて今回は退院後とその後私がどうなったのかのお話。

現在進行形で治療は続いているので、とりあえず現時点でって事にします。

 

まずは退院後の諸々について。

(出血について)(初っ端がこの話題ででごめんなさい)

退院した後約1週間ぐらいは出血が続いてました。

(多分1ヶ月ぐらいは多かれ少なかれ出るかもと言われた)

元々正常周期であれば手術後に生理が来る予定だったので、これは果たして手術によるものなのか生理なのかは不明です。

術後入院中に看護師さんと執刀医に相談したら

「生理は内臓いじってるから遅れる人が多いけど周期通りに来る人もいる」(ニュアンス)

と言われて、てっきり絶対遅れるものだと思ってたのでめちゃくちゃびっくりしました。

術後外来で改めて主治医に聞いたけど結局どっちの出血だったのかは分からず。人間って分からないね。

(痛み、傷について)

続いては痛みと傷について。

傷は全部で4箇所。下腹部3箇所とお臍で大きくても1センチちょっとぐらい??めちゃくちゃ小さいです。これは本当腹腔鏡手術の大きなメリットの一つです。

しかも表面縫ってないので跡は目立たなくなる…予定…(予定は未定)

退院時点で傷は塞がってはいましたが、やっぱり笑ったり咳したら痛い。カメラ入れられたお臍が1番傷が大きく、ここだけは中身が出てこないように中の筋肉?を溶ける糸で縫ってるそう。(そりゃ痛いわ)入院中は1日3回で痛み止め飲んでましたが、退院時は頓服という形で数回分いただきました。結局退院後数日は入院中と変わらず毎食後飲んでました。(出かけたりするのに予防的に飲んでたのもある)

でも日を追うごとに咳しても痛く無くなりはしました。

傷の方はそんな数日じゃ治らないので長くて見ときます。1〜2ヶ月ぐらいかな。

(入浴について)

術後2日目からシャワー浴びられていましたが、実は術後1ヶ月ぐらいは入浴はできずシャワーのみで生きてます。(お風呂大好き人間にはつらかった)

退院から約1週間後の術後外来であと2〜3週間ぐらいは我慢しましょうって言われました。(浴室暖房かけても寒い無理)

(日常生活について)

まあ普通に生活はできます。だって退院後4日目にはコンサート行ってたし。しかも2日間。(気合いで)

でもいきなり遠出した訳ではなく、徐々に行動範囲を広げて、めちゃくちゃに重たい荷物は持たないように…(看護師さんには普段の買い物とかで手に持てる範囲ならいいよって言われた)

退院後1週間は安静が理想と言われていたので、無理はない範囲で、自己責任で、動いてます。

 

退院後はひとまずこんな感じでゆっくり日常に戻していきました。無理は禁物です。(お前が言うなって言われそう)

 

さて、続いては今後について

結果からお話しすると、ピルで治療を続ける事になりました。

術後手術内容の説明を受けた時に、内膜症の腫瘍の焼き切りと一緒に色んな臓器に癒着してた部分を剥がす手術も一緒にしてもらった私。

主治医にそもそも子宮内膜症は再発リスクが高いので薬剤治療がオススメだよとは入院前も術後も言われてたので、驚きも無かったのですが、まあ今後を考えると先は長いな…という気持ちは正直あります。

 

4回にわたって書いてきましたが、最後に。

精神的に参って通院するようになってから

参照:新入社員の頃の私へ - Beautiful Rain

「起こってしまった事は運命だししょうがない」とだいぶ思えるようになってきた私ですが、

もしかしたら学生の時にちゃんと治療をしていればこんな入院手術なんて大事にならなかったのかもしれない…

という気持ちは今だに少しあるし、

病院がオフィス街にある事もあって、同世代の人たちが社員証さげて楽しそうにランチに行ってる姿見ると

「なんで私はあんなふうになれなかったんだろう…」

と落ち込んだりもしました。

あとはあんまりマイナスな事は言わないようにしてくれていた家族も

「学生の頃引きずってでも産婦人科行けば良かった」

と言われたのが本当に印象的で。

 

本当にその通りだと思います。

生理は痛くないのが普通。

身に沁みました。(あの頃の私、これは嘘じゃないからちゃんと病院行け)

 

毎月の事だからだんだん痛みにも慣れてくるし、女性は男性と比べて耐性があるらしいし(看護師さん談)、何より生理って人とは比べられないから何が普通か分からない。

 

少しでも違和感や痛みがあるなら相談してみてもいいかもしれません。っていうか産婦人科怖くないから定期的に行くべき。

 

そんな事を思った出来事でした。

このシリーズが少しでも誰かの参考になったり、婦人科行ってみよう!って後押しになればいいなと思います。

子宮内膜症で手術した話③〜入院生活〜

前回まではこちら

子宮内膜症で手術した話①〜発覚から手術決定まで〜 - Beautiful Rain

子宮内膜症で手術した話②〜入院荷物と現実〜 - Beautiful Rain

 

入院準備が終わったらあとは入院して手術するだけ!

という事で今回は入院生活についてざっくりではありますが、入院中に書いた覚書を元にして書き残していきたいと思います。

ちなみに私は入院も手術も全身麻酔も全部初めてでした。不安や緊張はもちろんありつつ、初めての体験に対して楽しみ!!!って気持ちも結構ありました。

 

(1日目:入院日)

・下剤を飲む(22:00頃)

下剤は事前に拝見してた他の方達のブログの通りで、

「しんどかったァ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

この感想しかないです。

下剤は錠剤と液体の2種類飲みました。

錠剤:2錠

液体:塩分チャージをめちゃくちゃ濃くした味。大量にすり潰してちょっとだけ水で薄めましたみたいな。甘いというか…クエン酸の…いやかなり濃いめの塩分チャージ味……とか思いながら頑張って飲みました。紙コップ1杯だけど味的に一気には飲めないきつい。(処方されるものによって違うと思います)

ちなみに他の方が結構みなさん書いてた、下剤の後から水飲めなくなるまで(〜24:00)の間にOS1出来るだけ飲む!!みたいなのはなかったです。(病院によるのかな??)

なので自分で脱水にならないように意識して水飲むようにしました。

・下剤が効く(3:00頃)

(人によって本当に効き方は違うのでこれは私の場合です。)

最初効かないな〜??とか思って腸マッサージしてたんですけど、効き始めたらいや〜これがしんどいと言われる下剤か〜という気持ちでした。

飲んだあと胃ムカムカしてちょっと気持ち悪いし、

腸にいったらいったでとにかくギュルギュル音鳴りまくるし、

最後急に左下のお腹めっちゃ痛くなってびっくりしました。

結局手術まで4回ぐらい??めちゃくちゃに下剤が効いてしんどかったです。

 

(2日目:手術日)

手術は午後からの予定で、前のオペによっては時間変わるかもしれないと言われていたので直前まで何時スタートになるかは分からなかったです。

・手術前

血栓予防で弾性ストッキング履いて、点滴棒押して手術室までは徒歩で移動。

麻酔は本当に落ちました…!!強制シャットアウトって表現が合う。落ちてきたら瞼上げようとしても全然上がらないし、若干ふわふわするから抗うのは絶対オススメしない(え、抗おうとしてたの??)

・手術終了直後

名前呼ばれてとりあえず起きる。声は出にくいけど、話は出来るし相手の話の内容も理解できるけど意識6割ぐらい。後々振り返るとあやふやな所が多すぎて意識半分で話してたんだなぁと思いました。

・手術終了3時間後ぐらい

ここで術中からつけてた酸素マスク外してもらいました。この辺ずっとうつらうつらしてた。

・夜

点滴入れられてる所も痛い(あんまり腕動かせないような位置に取られてた)、傷も痛い、体制変えられないのも痛いで何もしてないのに全身痛い。おまけに術後うつらうつらしてたから寝れない。起床時間の6時まであと何時間…って何回思ったことか。ここで時計大活躍。

 

(3日目:術後1日目)

・お水解禁(7:00頃)

水飲める!!!うれしい!!久しぶり!!!手術前に買っておいたペットボトルのお水を嬉しさのあまり直飲みしました。最初は看護師さんに見守られながら飲んで、飲み込みとか気持ち悪さとかがなければ後は自由に飲んでいいですよって言われました。

歯磨きもベットでさせてもらえて口内が生き返った…!!!

・歩く(11:00頃)

とりあえず心電図モニターやら、酸素モニターやら身体についてたものを点滴と尿道カテーテル以外外してもらいました。身軽になった。

ずっと寝てた&お腹に力入れると痛いで起き上がれなさすぎて、色々アドバイスしてもらいながらまずはベットに座るところから。

術前から履いてた着圧ソックス脱いで、その場で立って足踏みからはじめました。問題なければ、看護師さんに付き添ってもらいながら点滴棒持ってトイレまで往復してみます。

なんとか歩けるけど視界ぽやぽやしてた…

問題なく出来れば尿道カテーテル抜いてもらってここからは自由に動けるように。

ついでに病衣から自前のパジャマと下着に着替えて、身体も拭いてもらいました。サッパリ…

ちなみに持ち物にナプキンって書いてあったの最初全然理解できなかったんですが、着替える時下着がめちゃくちゃ血まみれで……このためのナプキンか…と納得しました。多少出る分には術後だからしょうがない!との事。

「トイレ行った時汚れてたらナプキン変えて、万が一生理2日目ぐらいの出血があったらすぐ教えてください」って言われました。ここから結局退院までずっと血は多かれ少なかれ出てました。

・昼〜夕方

とりあえず尿意ないけどトイレ行ってみるか…って行くとまあ出る。口から飲んで無くても点滴から結構な量入ってるからしょうがない。

→2.3時間に1回は必ず行く!とか時間決めて行くといいかもしれません。行けば案外出ます。

・ご飯解禁!(18:00頃)

最初は流動食(おもゆ)なので出てくる物全部水分だけどご飯口から食べれるの嬉しい🥹

ご飯食べるのに座ってたらいきなり両肩激痛がきて、とりあえずベットに背預けてその場を凌ぎました。この肩の痛みも出血同様退院後まで続きました…

・点滴抜ける(21:00頃)

これで身体についてたもの全部無くなって完全自由の身に!!!

 

(4日目:術後2日目)

・朝ごはん(8:00頃)

三部粥に。まだまだ水です。でもおかずには固形物増えてきて食事してる…!!って感覚がだいぶ戻りました。

起き上がる体制は30分ぐらいが限界。徐々に両肩激痛になって昨晩と同じ状態に。

気管の調子もあんまり良くなかったです。痰があるようなゴロゴロした咳が出るけど咳したら傷がめちゃくちゃ痛む。でも咳したい。で格闘する事に。

・回診(9:00頃)

肩の痛みを相談したところ、麻酔の副作用+腹腔鏡手術は手術しやすいように体に空気入れて膨らませて空間を作る&頭側下げて落ちないように肩抑えるから術後結構みんな痛くなるって事を教えてもらいました。

・お昼ご飯(12:00頃)

七部粥に。だんだんお米が形を表していく…七部とはいえまだまだお水みたいなもんでした。

・シャワー(13:00頃)

2日ぶりのシャワー🥹!!!痛みで結構汗かいてたので短い時間+動きにくい身体とはいえ本当に助かりました。傷口には防水シートみたいなのが術後からずっと貼ってあってそのままシャワー浴びました。

・夜ご飯(18:00頃)

全粥になる。以下省略(それだけ?)

 

(5日目:術後3日目)

・回診(7:30頃)

傷口の防水シート取られてそのままシャワー浴びてOKで、泡で優しく洗ってあげて水分ちゃんと拭いてあげればいいとの事。

ちなみに私はここで初めて傷口を縫わずに寄せて専用のテープで止めてるだけって事を知りました。カメラを入れて1傷が1番大きくなってしまったお臍(大きいって言っても1.2㎝?ぐらい)だけ中の筋肉は溶ける糸で縫ってるんだって…てっきり全部縫ってるのかと思ってた…ちょっとでも縫うと跡残っちゃうからとの事。それで全然くっついてるんだから身体ってすごいですよね…

・朝ごはん(8:00頃)

やっと常食を勝ち取る!!!普通の白米がめちゃくちゃ美味しかったです😭

・昼〜夜

退院に向けて今後の流れ説明してもらったり、入院費用の概算出してもらったり、荷物片付けたり。動ける無理のない範囲でちょっとずつ翌日の退院に向けて準備しました。

座った時の肩の痛みはまだあるので数十分〜1時間ぐらい動いてベットに横になるの繰り返し。

でも痛くなるまでの時間が長くなったり、横になって痛みが消えるまでの時間がだんだん短くなったりと回復はしてるなといった感じでした。

 

(6日目:退院日)

・退院

退院処方で痛み止めを頂いて、荷物の片付けして、忘れ物チェックをしてもらい無事退院!!

 

かなり抜粋して書きましたが大体こんな流れで入院〜退院までを過ごしました。病棟のみなさんには感謝しかないです…🥲!

 

病気が発覚してから、同じ子宮内膜症になられた色んな方のブログを拝見したのですが、参考になった部分が沢山あり私もその様になればと思いこのシリーズを書きはじめました。

同じ境遇で悩む方の参考に少しでもなればいいなと思います。

 

続く…

次回!退院後&今後について

子宮内膜症で手術した話②〜入院荷物と現実〜

前回はこちら

子宮内膜症で手術した話①〜発覚から手術決定まで〜 - Beautiful Rain

 

 

手術日程を即決したという事はそれに伴って入院が必要になるわけで、

今回は手術前日に入院し術後5日目で退院

5泊6日の入院になりました

 

今回は荷物について。

私はレンタルせずに必要な物全部持っていったので、必要な物、あってよかったもの、要らなかった物を紹介していきます。

 

(病院から言われた物)

[書類系]

診察券、保険証、健康保険限度額適用認定証、普段飲んでる薬、お薬手帳

[日用品]

パジャマ、洗顔用タオル、バスタオル、カーディガンなどの上着、下着、洗面用具(歯ブラシ、石けん、シャンプー等)、コップ等(割れない物)、室内履き(滑りにくく踵が覆われた物)、ティッシュ、マスク、筆記用具

[手術用品]

生理用ショーツ、ナプキン昼用数枚、夜用1枚

とりあえず病院から指示されたものたちはマストで準備しました。

 

(個人的に持っていったもの)

どれ使ったか分かるものはリンク貼っときます。

[書類系]

クリアファイル(数枚)、手帳

[日用品]

サボリーノ(5枚入り)

コップにつけるカバー

洗口液

ホットアイマスク

セーム

ウエットティッシュ

アルコールスプレー

デジタル時計、ミニ懐中電灯、S字フック、取手付き袋、耳栓、延長コード、ストロー(全て100均)

Nintendo Switch、充電器、充電コード、イヤホン(有線無線どちらも)

 

こんなもんですかね。今回はお見舞いに来てくれる予定の親に洗濯を頼んでいたので衣服類やタオルは2組、下着類は3組ぐらい持っていってました。

これで34リットル(機内持ち込み可のサイズ)のスーツケースパンパンになりました…何なら室内履きとか入らなくて大きめのトートバッグに書類とかと一緒に入れて持って行った…

 

(あって良かったもの)

1.サボリーノ

本当にこれには助けられました😭

まずシャワー浴びられるようになるのが術後2日目からだったため、術後1日目大活躍。痛みで脂汗かきまくってたのでめちゃくちゃサッパリしました。

その他も朝洗顔するために動くのはちょっと大変…って時にめちゃくちゃ重宝した。

2.セーム

そもそもこれ何??って人も多いかと思うんですが、水泳選手とかが使ってる繰り返し使えるタオルみたいなもんです。吸水性がとにかく高い布。

どう使ってたかというと、お風呂上がりにまずこれで体軽く拭いてからタオル使うとタオルがびしょびしょにならない!!!なので多少洗濯まで時間が空いてしまったとしても臭くなりにくかったです。

あとは、術後身体が熱い時に濡らして絞ったものを首元とか脇に当てて冷やしてました。

身体冷やす用途ならまあ氷枕貸してもらったりすればいいので別に全然無くてもいいけど、私は重宝した。

3.デジタル時計

術後身体が動かせない時に重宝しました…寝てる状態で見える位置に置くのがポイント。

術後の夜中痛みで寝れなかった時(看護師さん呼びなさい)時計見ながら「朝まであと何時間……」って考えてたなぁ…

アナログでもいいけど、静かな空間にカチカチって音が響くのが気になる方は圧倒的にデジタルがオススメです。最近100均でも売ってるしね。

4.ウエットシート、アルコールスプレー

ご飯前とか手洗いに行けるのが理想だけど、正直それがしんどいのが術後。そんな時にあるとベットの上で消毒出来るので重宝しました✨

あとちょっと薬飲む前とかね。あると気持ち的に助かる。

 

(要らなかった物)

1.ミニ懐中電灯

夜トイレ行く時に暗くて危ないかなぁと思って持っていってもの。実際は廊下出ちゃえば電気ついてたし無くても良かったかな…

でも消灯時間後に何か引き出しから物探したい時とかに使ってはいた。

(正直これだけの用途ならスマホのライトでよかったじゃんと思ってる)

2.コップ関連

私の場合は術後1日目に水飲めるようになった時からペットボトル直飲みできてたから正直要らんかったかな…

でもまあ座るのしんどい!とかなる場合も全然あるので、ネットでよく見かけた「持ってくなら大きめのコップとかタンブラーの方が良い」ってのは納得した。1回入れて長く飲める方がいいよね。

3.耳栓

ん〜これは微妙なところ。私は周りの音が気になる時は有線イヤホンを耳栓代わりにして音楽とか聴きながら寝てたので要らなかったかな…どんな人が同室になるのかにもよるしね…

(番外編)

1.ナプキン

病院からの説明では

「昼用数枚、夜用1枚」だったんですが、

正直めちゃくちゃ使いました

術中器具?入れたり、触ったりで子宮ってちょっとの刺激でも血が出るみたいで、私の場合術後は下からの出血が結構ありました。(まあ正直下からの出血は慣れてるので焦りはしなかったですけど)

トイレ自分で行けるようになってから、「汚れてたら交換してください」って言われたんですが、

行ったらほぼほぼ毎回汚れとる…

行くたびに変えてたので数枚じゃ全然足りず。私は結局退院する時まで出血は続いてたので、

昼用:1パックと半分(約30枚ぐらい?)

夜用:3枚

使いました。(途中で追加を持ってきてもらった)

最初荷物になってでも多めに持ってく方がいいと思う🥲使わなきゃそれでいいし。無くて焦るより、余って安心する方がマシ。

こんなんいくらあってもいいですからね。

 

こんな感じです。

正直金額的に余裕があればパジャマやタオルはレンタルした方が色々気にせず使えるし、それだけで荷物格段に減るので楽だろうなとは思いました。

でも普段自分が使ってるものを病院内で使えるとそれだけで安心感すごいし、汚しちゃって申し訳ない…みたいな気持ち的負担にはならなかったです。全部持っていって後悔はしてない。

 

今回はとにかく洗濯して持ってきてくれていた親には本当に感謝です…

コインランドリーがある病院なら自分で洗濯して乾燥して使うっていう手もありそうですよね。まあ動ければの話ですけど。

 

 

続く…

次回!入院生活編

子宮内膜症で手術した話①〜発覚から手術決定まで〜

ご覧いただきありがとうございます。

 

今回のテーマはタイトルの通りです。

子宮内膜症が発覚し、手術しました。

 

忘れない用にとりあえず全部覚書していきます。誰かの参考になればと思います。

 

⚠︎このブログには生理や血の表現が出てきます。

⚠︎主治医の話は全てニュアンスです。

⚠︎あくまでも私の場合です。気になる方は病院受診してみてください。

 

(生理について)

大前提として私の生理はこんな感じです

・周期は安定。大体27〜29日

・出血量に異常があるわけでは無い。(私の主観です)大体1日目がマックス。徐々に減っていって6〜7日で終了

・生理痛有り。1〜3日目ぐらいまではロキソニン6時間置きぐらいで切らさずに飲んで生きてる。(痛みによっては2〜3日目は飲まない時も有)薬飲み忘れて夜中に痛みで起きて寝不足になる事もたまにある。

・学生の頃に1度近所の産婦人科に生理痛で受診。その時は漢方出されて終了。

って感じです。生理痛自体は中学生の頃からずっとだし、昔に比べて薬飲む頻度も減ったし重たくなくなった(昔は学校休んだりしてた)気がしてたのでそこまで気にしてなかったです。

あと女子校育ちで、学生時代こういう話が話題に上がる事割とあったんですが、

私の周りはほぼみんな生理痛持ちで

(生理痛ないって子人生で1人しか出会った事ない)

生理痛あるのが普通だと思ってたし、生理痛は無いのが通常って聞いた時は絶対嘘でしょと思って生きてました。(嘘じゃないです)

 

(発覚までの経緯)

20代後半に入り、とりあえず1回人間ドック受けとけ!と家族に押され、

肺がん、胃がん、狭心症、脳梗塞とかその他諸々もう本当に家族の病歴がえぐい私は、

「受けて何もなければそれでいいや!」

という軽い気持ちで受診を決意。ついでにオプションで卵巣腫瘍マーカーが血液検査で出来ると言われ追加しときました。

 

結果

CA125という数値が41.6で引っかかる(35.0以下が正常値)

人間ドック受診後の面談で1番に指摘されました😇普段の生理の話したところ一応紹介状書いときますねと言われその日は終了

 

(受診)

後日郵送されて来た結果と共にちゃんと添えられてる紹介状…(そりゃそうだ)紹介状書いてもらっちゃったもんだから、とりあえず産婦人科行かなきゃなぁ…と重たい腰を上げる事にしました。

とはいえこの時点で私にはかかりつけと言える産婦人科が無くて。

(学生の頃行った所はあんまりいい印象じゃ無かったから1度きりで行くのやめてた)

調べるのが面倒になりとりあえず人間ドックやった大学病院を受診。

 

初診で行ったため、診察の前に別の先生が話を聞いてくれる事に。

とりあえずここまでの経緯を話し、毎月の生理の事、持病の事、今飲んでる薬の事とかを話しました。

これぐらいの数値ならまあ問題ない事が多いでしょうと(盛大なフラグ①)

まあそうだよね??なんて思いながら診察を待ちました。

 

診察で改めて先生とお話しすると

「CA125は生理前とかちょっとした事で数値が上がる事はよくあって、がんなどの病気の場合正常値の10倍とかの数値が出る」

(実際人間ドック受けたのは生理1週間前だった)

と説明され、まあこれぐらいなら…と(盛大なフラグ②)言われ、とりあえずエコーする事になりました。

エコーの結果

まず子宮後屈が発覚。

いやこの歳なるまで知らんかった〜…

生理痛が重たいのはこれのせいもある事が判明。

(今回は割愛します。気になる方は調べてみてね)

続いて見ていくと右の卵巣大きい。

いや私も画面見てたけど本当にびっくりして思わず笑っちゃうぐらい大きかった。

(笑うの堪えてたけど身体揺れてるのと声で笑ってるのバレてただろうなぁ…)

エコーの時点で約7センチと発覚。

 

診察室戻って

「腫れてる中身が血か脂肪か水か…何かにもよるけど6センチ超えたらほぼ手術」

との説明。はい、ここまでのフラグ全回収。

ここから怒涛の情報量

「中身が血で通常の子宮内膜症の場合はホルモン剤やピルで抑える方法もあるけど、そのほかの場合手術の選択肢しかないです。術式今主流なのは腹腔鏡手術。手術予約は大体3ヶ月後。入院は6日間ね。退院後1週間は安静にしてた方がいいから2週間ぐらいはいるかな〜…まあ、退院後数日で働いてる人もいるけど〜…」(以後割愛)

 

いや情報量すぎ。私は

へぇ…?手術…??

と頭弱そうな顔でニコニコしてた記憶しかないです。(ちゃんと人の話聞け)

 

とりあえず詳しく調べるために検査して来てください!あと手術するかは次回までに決めて来てください!

と言われあれよあれよとその日のうちに採血とMRIして次回の受診予約まで取りました😇

 

(手術を決めた訳)

後日結果を聞きにいくと中身は血。7センチだと思ってた腫れは3センチ強と4センチ弱の2個の塊だった事が判明。

血だったためホルモン剤で治療する方法もあると言われましたが、

とにかく治療スパンが長い事(年単位)、

飲んでも必ずしも小さくなったり抑えられたり出来るとは限らない事、

今後歳を重ねれば発癌リスクも考えられなくはない事、

などを聞き手術を決意しました。

(自分でも1回目の受診後に色々調べて手術する気ではあった)

 

ちょうど私が初診行った直後に手術に空きが出たみたいで、仮押さえしてあるので最短12月の中旬です。との事。

 

この時ちょうど私は推しのツアー中で絶賛全国飛び回っていて(〜11/30)、さらに次の現場も(12/20.21)決まってたんですけど、

ちょうどその間やん…🥹‼️

何これ?奇跡??ってぐらいの日程。しかも仮押さえしてくれてるんでしょ🥹??

 

こんなんこの日で手術するしかないじゃん!!!

 

という事で、現場を1番に考えた結果私は手術日程を即決しました。

(自分の身体を1番に考えろ)

 

 

続く…

 

次回!入院準備と実際役に立った物